歩く哲学者

 私は歩く。とにかく毎日歩く。
 誰だって歩いているさ、と言われるかもしれないが。歩く距離が違う。一般の人の万歩計のレベルではない。
 この十年以上、平均すると、多分、一日20キロ前後は歩いている。もちろん、日によって歩く距離が違う。一日10キロ程度の時もあれば、20キロ程度、30キロ程度の時もある。さらには40キロ以上歩く時もある。一年分の距離を365日で割り平均して、一日20キロ前後の距離になると思う。

 何故毎日これだけの距離になるかというと、よっぽどのことが無い限り電車に乗らないからである。
 大阪には、東京の山手線を縮小したような環状線というものがある。この環状線内はもちろんのこと、大阪の天王寺区を拠点にして、北は江坂という場所辺りまで、南は堺辺りまでの距離であれば往復歩く。
 平日でも、これだけ歩く私であるが、別に運動靴にトレーニングウエアを着て歩いているわけでもない。背広にネクタイ、ビジネスシューズといでたちで、何十キロとあるいている。
 また、休日には散歩をする場合があるが、この距離も半端ではない。4時間や5時間歩くのは当たりまえ、大阪から暗がり峠を越えて奈良までも、年に何回か歩く。

 地球一周が4万キロとして、今までで、地球をゆうに3周以上した距離を歩いているのではないかと思う。
 私は今40代であるが、20代の頃はもっと歩いていた。日本国内だけではなく、海外にも足をのばし歩いた。
 100日強の日数をかけ、4000キロ以上の距離を、熱風が荒れ狂う真夏の砂漠地帯を突破して歩いたこともある。海外だけで1万キロ以上は自分の足で歩いている。
 このような私は、多分、マラソン選手を除いては、今の日本で、自分の足で移動する距離が最も長い人間ではないかと考えている。どこかのシューズメーカーがモニターでシューズでも持ってきてくれないかと考えたりする。

 こんな私であるから、自分自身を「歩きの専門家」または「歩く哲学者」と呼んでも差し支えないと考えている。別に歩くことでお金を儲けているわけではないので、「歩きのプロ」ではなく、やはり「歩きの専門家」であろうと思う。
 私が自分自身を「歩きの専門家」と呼ぶには、歩く距離以外にも別の理由がある。
 今まで何十年もこれだけの距離を歩いてきたのであるから、歩いている間に様々なことを発見している。様々なテクニックという方がよいかもしれない。
 歩くことにより、自分の心を制御する方法。または、自分の心を制御するための、歩きながら行うトレーニング方法。歩きながら集中力を養う方法。落ち込んだ心を高揚させる方法や、興奮した心を静める方法。他にも沢山の歩きながら行う訓練方法やテクニックを発見している。

 これらの方法は折りに触れて、知人に教えてあげているが、沢山のテクニックがあるため全てを教えることはなかなかできない。
 この間も、「悩みがあり、休みの時には、気分転換に散歩でもしようと思うが、散歩をすると余計にぐちゃぐちゃと考えてしまい、かえって疲れてしまう」という知人に、自分の心を制御して歩きながら、精神的疲れを取り除く方法を教えてあげた。
 また、その方法を普段の生活でも歩く時に行うと、ぐちゃぐちゃと考えてしまう頭の中のどうどう巡りや、心の中の不安などを取り除くよいトレーニング方法ともなる。この方法などは歩いている時以外にも実行できるのであるが、どうせ通勤や通学その他で歩くのであるから、その時のついでに行えばよいものである。

 一般的に歩くことは気分が壮快になると言われているが、悩みや不安、ストレス等のある場合には、散歩することにより逆に精神的に疲れてしまう場合がる。この理由は、歩くということが、単調なリズム運動であるというところにある。
 単調なリズム運動の繰り返しでは、ある時間行うと、自分の思考があっち飛び、こっち飛びして様々な思いが頭の中に湧き出てくるものである。単純作業や単純動作の繰り返しをしている時に、気が付けば他のことを考えながら行っていた、という経験が皆さんにもあると思われる。これと同じことである。

 多くの動作の要素を含む運動であれば、その違う動作毎に集中するので、他のことを考えながら行う、ということはあまりないが、散歩(歩く)という単純なリズム運動の場合は、気が付けば他のことを考えている場合が多い。しかも、自分が悩んでいることや、思い煩っていることがあれば、ついついその事を考えてしまう。気分を変えるために行った散歩が、かえってストレスをためてしまうことになり、これなら家でテレビでも見ていた方がよかった、ということになってしまう。
 これは、自分の心を制御して歩きながら、不安やストレスを取り除く方法(テクニック)を知っているかどうかである。歩きながら行うことができる様々な方法やテクニックを知っていれば、どのような時にも、歩くということは非常によい運動であろうし、また肉体的にも精神的にもよいトレーニングとも方法ともなりうる。

 多くの人が歩いているのを見かける。運動のために歩いている人も多い。
 しかしである。歩きの専門家である私から見ると、わざわざ健康を害するために歩いているという人も多く見受けられる。いや健康を害するどころか、バカになる歩き方をしている人も多い。
 歩けば歩くほどバカになる。これは悲劇である。
 また、わざわざ自分の心を暗くさせる歩き方をしている人も多い。これは一般的にいう、うつむいてとぼとぼと歩く、という歩き方なのではない。前を見ながら歩いている人でも、自分の心を暗くしてしまう歩き方をしている人が多い。
 なにやら「うつ」の人が多いと聞くが、毎日行う歩くという行為で、自分の心を暗くしてしまっている人も多いのではないかと考える。これなどは、歩き方を変えれば元気が出て来るものであり、それが習慣となるものなのであるが。

 これだけ歩いていれば、街中で様々な人にでくわす。中でも多いのが、こちらが追い抜かそうとすると競争する手合いである。
 こちらは、長い距離を歩くので、自分の一定のリズムで歩いている。しかし、追い越されそうになって競争する連中は急にスピードをあげる。そして先に行くが、何百メールかすると必ずスピードが落ちてきて、こちらが追い抜き返すことになる。
 この手合いにはいつも思うことであるが、何故追い抜かれそうになるとスピードをあげて競争しようとするのであろうか。
 負けず嫌いというよりも、多分、神経質なのではないかと考えている。いや神経質というよりも、今までの人生の間に何かに囚われてしまったのであろう。

 この何十年の間に発見した多くの歩きのテクニックや方法であるが、何らかの機会があれば、様々な人に教えてあげるのもいいかなと考えている。


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by goodlife_3 | 2005-11-28 15:53
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